« 2007年06月 | メイン | 2007年09月 »

2007年08月

2007年08月06日

暑中お見舞い申し上げます!

暑中お見舞い申し上げます。
暑い日が続いておりますが、皆様元気にお過ごしですか?
富士登山を計画していた二組の方たち、御来光は見られましたか?
6月末からパソコンの調子が悪く、色々奮闘し、やっとパソコン見事使えるようになりました!
文明の利器は便利なようで、頼っていると何かあった時に本当に困りますね~。

独身者の多い新宿クラスでは夏休み前のレッスンに、夏の花を使いブーケ作りをして楽しみました。

naさんの作品 naさんの作品

レッスンから帰宅後、Kさんから嬉しいメールが入りましたので、皆さんに御紹介しますね。
義理のお母さんになる人の誕生日が今日だと、彼から聞かされ、レッスンで作ったブーケを持って行き、とても喜ばれたとのこと。「身内以外にプレゼントしたのは初めてで、ドキドキしましたが、喜んで頂けて嬉しかったです。真心だけはいっぱい詰まっているので、お店には負けていなかったな~と思います。」
ホント真心が一番ですね!kさんの、顔を赤らめながら恥ずかしそうにブーケを渡す姿が見えるようで、私も何だか自分の事のように幸せな気持ちになりましたよ。

kさんの作品 kさんの作品


茨城県つくば美術館で開催された「草月会・茨城県支部県南地区展」と埼玉近代美術館で行われている「埼玉県支部展」及び草月会主催の「第三代家元勅使河原宏展(7月14日~10月8日)」を見ました。どちらもさすが草月という作品ばかりで、特に勅使河原宏家元の得意とされた竹で構成された会場は、作品一つ一つどれも見ごたえがあり、とても素晴らしかったです。

茨城県南展から 茨城県南展から

是非、皆さんもこの夏休みにお友達やご家族と埼玉近代美術館へ出かけられたら如何でしょうか。(JR北浦和駅3分の緑のきれいな場所です)


8月に入り待ちに待った夏休みが来たとばかり、私は今年はのんびりするどころか海外旅行や山にと、ハードスケジュールをこなしています。
4、5年前からアジアに興味を持ち、毎年今頃のアツーイ季節になると、なぜかアジアを旅行しています。
今年は台湾南北の旅をしてきました、といっても昔ヨーロッパやエジプト、アメリカを自分達でスケジュールを立て旅したのとは違い、すべてツアーなのですが。

バナナ花 バナナ花 バナナ花 

「知り合ったばかりでお名残おしゅうございますが、あなたもお元気でお暮らしくださいね」

別れ際に、こんなに美しい響きのある日本語を私の心に残した日本人に、今まで会った事があったでしょうか。皆さんも使った事がありますか?
離れ行く82歳になるという品のある女性の愁いを帯びた後ろ姿に、私は日本人として外地で気高く生きぬいた戦前の日本人を見ました!
彼女はこのツアーの中で最長老で、かつて台湾で生まれ育ち、終戦まで暮していた人でした。青春を過ごした台湾に是非もう一度行ってみたいと願い、娘さん2人とお孫さんに付き添われ杖を突きながらこのツアーに参加されていました。

旅に出かける前、私は今年83歳になる元陸軍士官学校出身の父から、「台湾は僕もアジアで行ってみたい所だよ。親日的で良いところだよ」と言われたこともあって、何となくその女性と戦争時代を生き抜いた同年代の父とが重なり合い、旅行中はあまり話す機会を持てなかったものの、最後の日本に帰る飛行機を待つ待合室で二十分位でしょうか、語ることができました。
座禅風景 ガラス越しに見えた早朝の座禅風景

「終戦近く、大学を中退し兵隊として志願した若者が、たくさんこの台湾にいらして散っていったのですよ」。
何を思ったのか、その女性はタラップに向かう歩みを止め、わざわざ私の所に足を引きずりながら戻ってきて、この事を私の父に伝えてほしいと言い残されました。
「お名残惜しゅうございます」ーこの言葉は、もしや私に掛けられたのではなく、私の姿に重なる同じ戦争という悲惨な時代を生き抜いた父たちに掛けられた言葉だったのではと、思いました。
日本の今の平和があるのは、多くの人の犠牲の上になりたっていることを忘れてはならないと、改めて考えさせられた旅でした。

中正祈念堂 中正祈念堂 蒋介石の部屋 蒋介石の部屋

このツアーの台湾人のガイドさんが、かつてオランダ、スペイン、日本と様々な国の統治下であった台湾が、一つの国家として独立することを夢見ているのよと、澄んだ目をくりくりさせながら話していたのが印象的でした!

今回の台湾の旅は、かつてイスタンブールで出会い、「平和」について熱く語ってくれた人たちのことを私に再び思い出させてくれました。
当時のことを、夏休み中に、このブログの中の「イスタンブール心の旅日記」に是非載せたいと思っています。
元の原稿が長いので、見直して短縮しますが、皆さんが飽きずに、読んで感じとって頂けるか心配です。写真もなるべく多く載せ、書きたいと思います。
様々な人との出会いが、私の人生観を作り、また、私が今でもいけばなを追求し続けていることに結びついているのではないかと思っています。
ちょっとこんなことを言うのは照れくさいですが・・・・乞うご期待!

2007年08月28日

イスタンブールー(4)リビー先生と子供の瞳に見えたもの

小さな肩に重そうな靴磨きの道具を担ぎ、「磨いてほしい靴はないですか?」と、たたずむ少年のひたむきな顔。
「チューリップはいかがですか?」、「窓ガラスを拭きますよ」と信号待ちの車に寄ってくる子供たちの愛らしい顔。
ホメイニ体制になったため、先祖代々の広大な農地を没収され、イランから逃げて来た家族の事情をあどけない顔をして、切々と訴える息子のクラスメートの真剣な顔。内戦がひどいユーゴからイスタンブールに父親の転勤で来た少女の、内戦前の美しい裏山の景色を、懐かしそうに語ってくれたつぶらな瞳。
帰国後、無駄遣いしたり、怠惰な生活をしている小学生の息子達を見かねた夫が、「トルコに行って君たちも靴磨きをしてみたら?、きっとお金のありがたさや生きる事の大変さがわかるから」と言うと、急に神妙な顔をした息子達の顔を思い出します。

ハロウィンの仮装  ハロウィンの仮装


大学生になった息子達は、二人とも休みになるとそれぞれ大きなバックパック一つ担いで、まだ彼らの見ぬ国々や特にアジアの国々を一ヶ月ぐらいかけてじっくり回っていました。
「お、か、え、り」。心配と安堵の入り混じった気持ちで、旅から帰った息子を迎える私に、
「いいな~その言葉!その言葉があるから、僕はここに帰ってこれるんだな~」と、一段と頼もしくなった顔から、いつもの見慣れた笑顔がこぼれていました。 
「世界中回って、色々な子供に会ったけど、巧妙な嘘をつく大人と違って、子供達が観光客につく嘘はみんな可愛くて憎めないんだよな」 と、息子の真っ黒に日に焼けた顔から白い歯が光っていました。
子供の純粋なつぶらな瞳に、未来を感じます。
その希望の瞳をつぶさず育てるのが大人の使命だと思います。トルコ、イスタンブールでの生活は、広い地球上には自分達と同じ境遇の子供達ばかりでないことを、幼かった息子達に気付かせてくれました。


子供とのかかわりの中で様々な人と出会いましたが、その中で特に忘れられない人がいます。
その人は今頃、祖国であるアメリカに帰って、教師という仕事を続けているのでしょうか。
または未開の地で、読み書きできない子供達のために惜しみなく、尽くしているのでしょうか。

リビー先生と子供達  リビー先生と子供達


「みんな、15分あげるから好きなものを買ってきていいぞ!」。
リビー先生の大きな声が辺りに響きわたりました。
その人(息子のクラス担任リビー先生)は、校長に特別に許可をもらい社会見学と称して、息子含め17名いるインターナショナルスクールの生徒達を引きつれ、エジプシャンバザールというイスタンブールで有名な香辛料や日用雑貨を売るアーケードの入り口に立っていました。
私はクラスマザーとして、二人のアメリカ人、イギリス人の母親仲間と同行しました。

エジプシャンバザールは大人の腰くらいあろうかと思われる茶色の大きなカメに、何百種類の香辛料が山のように積まれ、軒には海綿が所狭しと天井からぶる下がり、まるで「アラジンと魔法のランプ」の世界に入り込んだような、いかにも中東という香りのする場所でした。

ブルーモスク 旧市街地にあるブルーモスク

何分ぐらい経ったでしょうか。
イミテーションのネックレスを、習いたてのトルコ語を使い、「安くかった」と自慢している生徒や、妹のためと言いながら思案の末、千円くらいで買った時計を大事そうにかかえた生徒。皆、手に手に土産を持って楽しげに戻ってきました。
生徒達はイラン、ユーゴ、イスラエル、アメリカ、イギリス、オランダ、フランス、スイス、韓国と様々な国から集まった国際色豊かな子供達です。
気が付けば、旧市街地の中心広場をぬけ、ブルーモスク、アヤソフィアの広場に続く長い石畳の道を行く私達の近くを、トルコの少年三人が、親しげな顔で着いてくるではありませんか。その三人は、リビー先生から旧市街地の一日観光案内をしてくれるように頼まれいたのです。
先生はイスタンブール旅行中、三人と知り合いになり、読み書きを教えたり、自分のいらなくなった服をあげ、面倒を見ていたのです。
そういえば三人の中でちょっぴり背の高いムスタハは、リビー先生のプレゼントらしい、ちょっと大きなジャケットを着ていました。

                   

息子達と同じ年頃で経済的な理由で働かざるを得なくなった三人と、何不自由なく育っているインターナショナルスクールの子供たちがどう仲良くなって行くのか、いけるのか、私は遠くから見守ることにしました。子供達の仲良くなることの早かったこと!
初めはもじもじと、時には冷たい目つきで相手を観察していたインターナショナルスクールの子供達も、リビー先生の三人に対する接し方、三人の明るく誠実な態度に、いつの間にか自然と打ち解けあっていたのです。

観光のあと、彼らの案内してくれたトルコ家庭料理のレストランの味が、どのりっぱなホテルで食べたものより、妙に温かく、おいしく感じたのを今でもよく覚えています。

各種ドルマ       イチ・ピラフ 

各種ドルマ(トマトなどの中に味付けご飯を詰めたもの)    ローストチキンとイチ・ピラフ(飾りピラフ)


外に出ると雨が降っていました。
三人は「もうここでいいから」と、私達が言うのも聞かず、傘もささずにバス停まで送ってくれました。
インターナショナルの生徒とトルコの境遇の違う三人。
子供達は子供達なりに曇りのない眼で、お互いを理解しようとしてました。
さ、よ、う、な、ら!
三人は降りしきる雨の中、バスに乗った私達を追いかけ、いつまでもいつまでも手を振ってくれました。
映画のワンシーンを見ているような瞬間に、私もそしてインターナショナルスクールの子供達も、いつまでも遠く消え行く三人に、手を振っていました。

翌日息子は学校から帰るなり、「世界中を回りながら、困っている子供のために何かしてあげたい。そう思ってインターナショナルスクールの教師の道を選んだだってさ」と、リビー先生から聞いたと言う話を私に誇らしげに話してくれました。
「机に向かう勉強だけが勉強でなく、世界中の様々な人々を見てみろよ。きっと君達の未来は自分の手で開けるよ。」リビー先生は、そう子供達に教えてくれたのだと私は思っています。

きのこ狩り きのこ狩り


二人の息子は、一人は日本の画一的教育に不満を持ち、不登校になった時もありました。
しかしアメリカ留学中に、「宇宙のあまたある星の中の、地球という星に生まれ、地球のあまたある国々の中の、日本という国に生まれ、あまたある県の中の千葉県に生まれ、その中の松戸の今村家の一人と生まれた事に感謝しています。生んでくれてありがとう」。と、長い手紙を私達夫婦に送ってくれました。
又一人は、世界中観光して世界の人々が気軽に日本に来れるようになったらどんなに良いだろうと夢を語っています。そうそう、この度、現役サラリーマンバンドである「ルート8」のボーカルとして、サラリーマン応援ソングで、何とCDデビューしました!
どんなことでも楽しさに変え、チャレンジするのが、そしてそれを家族で応援するのが我が家らしさということでしょうか。

2007年08月29日

研究会

2007年8月25日(土)、気温35度!
毎年夏の恒例になった研究会が、千駄ヶ谷教室の和室を借りて行われました。
研究会の目的は①制作技術の向上と②親睦(各クラス合同)です。今回は習い始めて2~3年の生徒さんの出席が半数以上を占めました。

研究会

テーマは、つるの構成と色合い(着色枯れものと植物)を考えることです。
日頃使わない着色枯れものを、どう生花(なまばな)の中に取り込んでいくか、
又自分自身で花材をどう選択するかが課題であり、勉強になったと思います。

研究会が始まると、皆さんとても真剣に取り組んでいました。
しかし午前中だけしか教室の予約が取れなかったこともあり、後半あわただしくなりました。
写真撮影のため作品を移動する際に、作品がこわれたり、映りがよくなかったりの理由で、
今回は4点の作品を載せることにします。

研究会    研究会

研究会   研究会
どなたも蔓と楽しく遊んでいました。

例年にない猛暑の中、5時に家を出てきた生徒さんもいて、皆さんの意気込みとパワーに
脱帽と共に、私もエネルギーをもらいましたよ。
昼食後、暑さで痛んだ花を取り去り、先週の残りの材料に白いヤシの枯れものを加え、
アリスガーデンの花を活け替えました。

アリス (初めてSさんに生けて頂きました)
アリス アリス


暑かった夏も終わり、又日本列島に涼風が立つのですね~。  
9月、お互いに元気で、楽しく、
草月いけばなを通じて有意義な時間が持てたら良いですね。

About 2007年08月

2007年08月にブログ「草玉の輪 ・・・ いけばな・フラワーアレンジメントにまつわるエトセトラ」に投稿されたすべてのエントリーです。新しい順に並んでいます。

前のアーカイブは2007年06月です。

次のアーカイブは2007年09月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type